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「男の子の脳、女の子の脳」

2007/ 02/ 17
                 
レナード・サックス 男の子の脳、女の子の脳娘誕生の前…私は夜な夜なミシンに向かい、狂ったようにベビー服を作っておりました。色は、水色、ベージュ、白、などが多かった。花柄だったりフリルがついてたりもしたけど、女の子女の子したのはあまり作らず。パリッとサバサバした子に育ってほしかったのよ。
その結果…みごとに、ピンク色とハートと星柄と花柄とリボンとフリルが好きな子になりましたねえ。

            

というか、顔を見たら生まれたてでもやっぱり女の子。で、結局は赤やピンクの服を作るようになり…。
そして娘は自分をドキンちゃんだとかお姫様だとか言ったり。私は外で化粧直しなんてしないのに、娘はいきなり道端でするし。娘の前でハンドクリームを塗ったことなんてないのに、塗る真似するし。不思議ですねえ。
叱ると
「もう、ひとちゃん女の子なんだから、怒らないで!」
なんて。どこから仕入れてきた言葉なんだか…。

女の子らしさ、男の子らしさは社会性で身につくものと思っていました。だから水色の服なんか作っていたわけですが。
しかし、そうじゃないそうです。脳の構造が違うらしい。

というわけで、図書館で「男の子の脳、女の子の脳-こんなにちがう見え方、聞こえ方、学び方」byレナード・サックスという本を借りました。著者はアメリカの内科医&心理学者です。

男性と女性では、

①脳の構造が違う
②聞こえ方が違う
③見え方が違う

そしてその差は、若ければ若いほど(幼児、乳児)大きいそうです。
で、性差は社会的・文化的影響から決まるという考えももちろん否定しているし、「女の子は数学が苦手だ」「女の子のほうが成長が早い」というのとも違う。科学的な実験やアンケートに基づいての男女差が書かれています。

たとえば「男の子は攻撃的だ、だから人形をあたえて女の子のように育てれば、優しい子になるはずだ」という考え。
これはもちろん「ブブー×」
まず、女の子だって攻撃的な部分はある。女なら誰もがわかるでしょう。手はあげずとも、ひそひそ話に、手紙回し。必殺「裏攻撃」というらしい(詳しくはレイチェル・シモンズの「女の子どうしって、ややこしい!」にとても具体的に載っております。「男の子の脳、女の子の脳」にもこの話は出ました)。
それに男の子というのは、リスクを取りたがるものなのだそうです。だから攻撃性を無理に押さえこむのは逆効果。本書では、輪投げの実験が挙げられていました。

輪投げの道具が置かれ、30㎝、1m、2m…と床に線の書かれた部屋に一人きりにされて「好きなところから輪投げをしてください」と言われたら、どこから投げるか?
この実験で、ほとんどの女性は30㎝位置から投げ、ほとんどの男性は1.5m以上離れた位置から投げたそうです。更に、部屋の中に別の人を通し、椅子にすわってもらう。つまり見ている人がいる中での輪投げとなるのですが、そうするとほとんどの女性は同じく至近距離から投げ、ほとんどの男性は更に離れたところから投げた、ということでした。

・男の子はリスクを取りたがる。
・女の子と男の子ではリスクに対する評価が違う。
   →同じ危険なことをやったとしても、男の子の間では「あいつ、すげえな!」となり、女の子の間では「あんな危ないことして、バカじゃないの」となる。
・男の子は総じて、自分の能力を過大評価しがち。一方女の子には、自分の能力を過小評価する傾向がある。
   →男の子って、できもしないことを「わざわざ」やろうとするよね。

でもってこの傾向は、人間だけではなく、猿やヒヒ、チンパンジーなどにも見られるのだそうだ。まさか猿がジェイムス・ボンドを見たわけでもないし…というわけで、文化的影響ではなく、生来のものだということなのでございました。


そして親としては、息子が自転車ごと崖から落ちるのを防がなければいけないし、娘が自分自身の能力の評価を上げるために、リスク(正しい種類のリスク)を取るように後押ししなければいけないと。ビジネスや政治の場で成功をおさめるには、リスクを取る必要があるわけですから。

ではどうやって女の子の後押しをすれば????

アイスランドの教育者マーグレット・バーラ・オラフスドッティルという人の「勇気のトレーニング」という、幼稚園児の女の子向けプログラムの例が書かれていました。

女の子だけで遠足に出かけたときに、何人かは靴とソックスを脱いでいた。そこで公園に着くと、オラフスドッティル氏はみんなにも裸足になるように促した。
一人の女の子が足を傷つけ泣き言をいったとき、氏はみんなに聞いた。
「痛いとき、めそめそするかわりに、できることはある?」
一人の女の子が「歌うこと」と言った。
そしてみんなで歌いながら、ついに裸足のままで学校まで帰った。「みんなスーパーウーマンになった気分でした」

へえ~。
私の運動音痴は、もともとのセンスのなさに加えて恐がりなところからきていて、そしてそれが娘にも感染している気がする…ので、どうにかせにゃいかんなーと思っています。「勇気のプログラム」かあ。

で、男の子と女の子ではこのように違うやり方で教育をしなければいけない、つまり男女別学が良い
というのが、サックス氏の結論でございました。どうなんでしょう?


えーと、ここで確認。ウィキペディアより。

ジェンダーとは…

『1.文法における性(Grammatical gender)のこと。
 2.生物学的性(Sex:the fact of being male or female)のこと。
 3.社会科学の分野において、生物学的性に対する、「社会的・文化的な性のありよう」として使われる場合がある。
 4.社会学者のイヴァン・イリイチの用語で、「セックス」とは異なる本来的な人間関係のあり方。イリイチはその喪失を批判している。

 先天的・身体的・生物学的性別を示すセックス(sex)に対する、社会的・文化的性別のことを一般に日本ではジェンダーという。
 一方、欧米においては"gender"は、生物学的性の概念を含み、また文化的な差異とも異なるものとして認められる。』

 ※英語でいう「ジェンダー」は「性差」ではなく、「社会的・文化的な性のありよう」といった意味合いなんだそうです。


ジェンダーフリー(gender-free)とは…

『社会的性別(ジェンダー)に対する一般通念にとらわれず、人それぞれの個性や資質に基づいて、自分の生き方を自己決定出来るようにしようという、「ジェンダーからの自由を目指す」思想、および、この思想に基づいた運動を指す。デイリー新語辞典(三省堂)では、「従来の固定的な性別による役割分担にとらわれず,男女が平等に,自らの能力を生かして自由に行動・生活できること。」と定義されている。』


一時期、過度な「ジェンダーフリー」コールで、男女平等をはき違えているような話を聞きましたが。学校のトイレを、男女一緒にするとか。体育のときの着替えを同じ部屋でするとか。性差への意識をなくして、みんな仲良く平等に…ってこと?
でも自分の性別を自覚することは、大切なのよね。生物学的に、それから脳の構造が違っているわけだから、できることとできないことだってあるわけだもんね。

今、会社で求人募集をしておりますが、そのなんとか均等法で「女性限定」とはうち出せないらしい。でもうちは男性のオペレーターさんはいらないのだ。「会社の電話受付=女性」というのが性差別だとか言われても、だって、やっぱり電話をかけて聞こえてくる第一声が、きれいな女の子の声の方がいいでしょ? そしてうちを使ってくれているお客様もみんな、電話に出るのは当然女性だと思っている(「女性が出るんですよね?」と確認してくる方もいる)。
女性ならではの、きめ細かさと、逆におおざっぱさと(けっこうそんなもんだ)、やわらかい声やチャキチャキ声をうまくいかしている仕事だと思うのだけど、求人票に「女性のみの募集」とは書けないんですって。

そして最近は「保母」と言わず「保育士」と言ったり、「看護婦」→「看護士」、「保健婦」→「保健士」となりましたが。だからなに? 名称がかわっただけで、やっぱり基本的に女性向きの仕事のままではないですか。
というのは、さきほどのうちの会社の話とはちょっと違うのだけど、お給料や保証の面で、男性ではできない仕事ではないということです(ま、うちももっと社員登用して、上げてくれてもいいんじゃないかと思うが…)。
女性=家事・育児をする人、男性=外で働いて稼ぐ人、という考え自体が間違っていると言われるかもしれないけど、出産したり母乳をあげるのは女性なんだから、その間の稼ぎ頭は男性なわけで、でもそれに見合うお給料にはなってないんじゃないかなあと思う。私は保育士じゃないし、実際のお給料なんて知らないけど。名前以外になにか変わったのか?

例の柳沢氏の問題発言、そりゃ女性しか出産はできませんもん、だからそうできるような社会にしてよ。産むのも産んでからもどんなに大変か、わかってるんですかああああああ!
…控えめに叫んでみました。

とか言いつつ、「いえいえ、ここは男性の方に」と逃げたり甘えたりしている自分もいないこともないのであった。だいたいうちは、家事も育児も夫の方がやってるし。
しっかりせないかんですわ。

ま、私はこんな感じですが、娘ですよねー、問題は。どんな子になるのかなあ。
今日は午前中に徒歩で上尾駅前分館に行き、帰りも機嫌よく歩いて、無事家に到着しました! 実は風邪っぴきでハナタレ、顔に湿疹が出ているのですが…。ううううむ。


おまけ。
レイチェル・シモンズ 女の子どうしって、ややこしい!実は先ほどの「女の子どうしって、ややこしい!」byレイチェル・シモンズは、会社の人間関係がゴタゴタしていたときに思わず図書館で借りた本なのでした。
娘はこれから、こういう体験をしていくのだろうか。女のドロドロ…。
私は高校は女子校でしたが、周りは「オトナ」な女の子が多かったせいか、逆にこういうドロドロとはほとんど無縁でした。ありがたいことです。

            
                                  

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